暮らしの画龍点睛・・・それは人生の総仕上げ

古代からの素晴らしい言葉や諺が時には自分の指南役にもなることがある。四字熟語を全て理解しているわけではないが、思い出したように図書館で手にとってみることがある。先日は「画龍点睛」という言葉にふと思い当たった。「りゅうを描いて最後に瞳を書き加えたら龍が天にのぼった」という故事であるが、大事な最後の仕上げを言い表す言葉として、それは人生の幕引きと同じではないかと思った。

現在の日本の男性の一生には、お母さん役が4人いると言う。最初は産みの親であり育ての親でもあるお母さん。次は妻である。三人目は職場から解放されてお酒を飲みながら愚痴を聞いてくれる「バーのママさん」。そして四人目が老人ホームの施設長という。
それだけ長生きになったということだろう。

先日、八十歳代と思われる男性の集まりが、名高いイタリア料理店の席を埋め尽くしていた。杖を使用している人、補聴器を付けている人、個人差があるが、どうやらクラス会なのか、和やかで楽しそうである。
その中のいったい何人がりゅうの絵(自分の人生)に自分で瞳を描けるのだろうか? おそらく誰もいないだろう。現在八十歳代というと大正生まれ後半の世代である。男子厨房に入らず。男の表舞台は仕事、常に「晴れ」の部分にいて、人生の裏舞台・家庭を支え「影」の部分を担当するのは女の役割だと思い込んでいる。病気で倒れれば、かつては一族の女たちが交代で看病にあたっていたが、一人っ子が増えた現代では、それもむずかしい。

老妻が身体に鞭打って看病することになる。入院したと思ったらあっという間に転院を言い渡され、往復何時間もかかる病院通いを繰り返すことになる。
しかも本人の意思に関係なく、流れに任せて死ぬに死ねない状況となる。

そういう親を見て育った団塊の世代の子供達は、定年を間近に控え、早い時期から人生の仕上げについて考えている。子供たちが巣立ったあと、夫婦は可愛い子供に迷惑をかけないために、「点睛」の頃合いを真剣に相談しているのである。
一方、画龍点睛を欠いた老夫婦は「おまえ百まで、わしゃ九十九まで」と唄いながらも、軽い認知症の記憶障害と妄想がごちゃまぜになって、自宅はゴミ屋敷と成り果てているのである。さて、あなたはどちらですか?

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