「潔し」とする暮らし

人にはそれぞれ「こだわり」がある。若い 時期にはそれほどでもないが、年齢を重ねると「こだわり」は一層強くなってくる。仕事柄、多くの人のお話を聞かせていただいているが、自分だけの「ものさし」を必要以上に抱え込んで身動きできなくなっている人がいる。一方、生きていく上で必要な食事や家事に対してのこだわりはなくなってきている。買い物、料理、掃除、洗濯、入浴、衣服や夜具の手入れなどが便利な方法に変わり、また、お彼岸やお盆の時期、ご先祖様への処し方等、家ごとに引き継がれてきたものが、平成に入ってからは、その継承が滞りつつあると感じられる。

それはIT社会になったことが大きく作用していると考えられる。人は、何か疑問に思った時どう対処しているのだろう。昔は両親や先生、あるいは周囲の年寄りに聞いたものだが、今は違う。自分を育ててくれた周囲の人間の言葉より、気兼ねなく得られる情報に頼る社会になっている。すぐにパソコンを開き、検索する。そこから拾い出した内容を自分の指南書としているのである。もちろんパソコンの画面上に出てきた情報は専門家の言葉であり、正しい情報であると信じて、有効に活用できる場合もあるが、鵜呑みに出来ない不安も残る。それを行動に移せない悶々とした日々が続くのは何故だろうか?おそらく無機質な回答からは、行動の変容へとつながる動機にはならないらしい。

「あるがままに生きる」とは自分の現在の状況、それがどんな状況であれ、それをあるがままに受け入れることであろう。現在の自分の立場、自分の仕事、周囲の環境、人間関係、経済状態、その他すべてのことを受け入れた上で決断することが求められるのだが、実は、それがとっても難しい。では行動に移す動機付けには何が隠されているのだろうか?家族、友人を含めて自分を知る誰か、あるいは自分を理解してくれる第三者が愛情を持って接してくれたときに、その暖かさが、愛情が伝わった時に、素直に安心して、自分にとっての新しい一歩を踏み出せるのである。無機質でない豊かな愛情に手ごたえを感じたときこそ、人は勇気を持てるものなのである。そして、潔く、前向きに暮らしを立て直して生き続けることができるのであろう。

自らが「潔し」とする暮らし方が納得のいく人生といえるのではないだろうか。失ってみて初めてその大切さがわかるように、身辺整理をしてみると思わぬところから自分にとって大切なものが浮き出てくることがある。「潔い生活」を送ることは精神的に自由になって、残された人生がより深まるに違いない。

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